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ニール・ディランディがロックオン・ストラトスとなって、ティエリア・アーデと初めて出会ったのはラグランジュ・ポイントにおいてである。マイスター候補として審査をされ最終的に選出された彼は、使用する機体との調整作業を兼ねた搭乗訓練を行う為に宇宙に上がって来たばかりだった。
少年の夢「宇宙飛行士」が途絶えて長い時間が過ぎたものの、やはり宇宙は人類の憧れである。それまで仕事で(後ろめたい仕事ではあったが)ステーションに立ち入る事はあってもリニアに搭乗して宇宙に上がった事は無かったから、宇宙空間にやや浮かれ気味ではあった。そんな彼が慣れない宇宙空間における失敗例の一つである「移動用グリップを掴み損ね」て通路を流れて行く最中のこと。
十字路になる通路を通りがかった時、こちらに背を向けた状態でグリップを掴む人物が纏うパステルカラーのピンクが視界に入った。どちらかといえば宇宙ではヴィヴィットな着色が多いというイメージがあったから、あの色を纏うのはどのような人物かと考えてそのまま流れていったわけだが。
(・・・・・・できれば知りたくなかったかも・・・・・・)
後姿を見かけたのは一瞬、それも体勢を崩した状態での目撃であったから、一番印象深かったあのピンクでイメージしてしまっていたのは仕方がないかもしれない。唯このティエリア・アーデを名乗る人物は、ピンクという言葉から想像されるイメージとは随分とかけ離れていた。
光の加減によっては黒に見える濃紫の髪、あり得ない程に透き通る白い肌、印象的な紅い瞳。そしてそれらを損ねる事無く寧ろ際立たせる美貌。こんなに綺麗な人間を生まれて初めて見たが、開いた桜色の形良い唇から溢れた言葉は幻想に取りこまれかけた自分を一撃し正気に返らせたのだった。すなわち、
バカな事をすれば後ろからでも撃つ(要約)
とのこと。
呆気に取られてしまった為に言い返すのを失念したが、狙撃手の後ろを簡単に取らせるとでも思っているのか。身の程を知ると良い。
そういう訳で、ロックオン・ストラトスは搭乗訓練を始めるにあたり、それまでのやや浮かれ気分を払拭し、いつもよりもさらに気合いを込めてコクピットに乗り込んだのだった。
シミュレーションはマイスター候補であった頃からこなしてきている。結果選ばれてからは時間数も増え、宇宙に上がる前までに250時間は超えていた。
「空間認識に関しては多少不得手のようですね」
訓練終了後のブリーフィングルーム、データを見ながらティエリア・アーデは何の感慨も無い様子でロックオンに告げた。静止状態における命中率に関してはパーフェクトと言って良い(狙撃手を名乗っておきながらパーフェクト以外は許せなかった)が、機動性・機体制御に関連しての射撃成功率・命中率が予想を下回った結果に舌打ちしたい気持ちを抑える。
射撃、特に狙撃ともなれば身を隠して姿勢を固定するのが基本だ。重力下においては可能であったそれが、無重力空間においては大きく影響を受けていた。あるはずのものがない、という状況に体の感覚が追いついていない。
ロックオンが担当する機体は後方支援・狙撃タイプのデュナメスだ。どのような状況下でも安定した結果を叩き出さねば選ばれた理由も失ってしまう。ここに来た決意さえも。
「宇宙空間に姿勢を安定できる場所など滅多にありませんよ」
分かりきっている事を殊更に言われると腹が立つものだ。何とか表情に出さずにすんだが、まだまだ俺も若いなと苦々しく思う。
次回の課題としてヴェーダに提出しておきますと告げてティエリアは席を立った。同じく席を立って・・・・・・などという気分には到底なれなかったから、座ったままで見送る。ほっそりとした身体に纏うパイロットスーツの色は、これまた紫。髪に合わせているんだなぁとか考えているとドアが閉じられた。
「早速洗礼を受けたって感じね」
うっかり忘れていたが、ブリーフィングルームにはもう一人女性がいた。
スメラギ・李・ノリエガ。
決起後には戦術予報士としての彼女の指示を仰ぎつつ作戦を実行して行くと説明を受けている。ロックオンよりもいくつか年長の彼女は今のやり取りを見物していただけで特に意見を発する事は無かったが、これから彼女の番かと気が重くなった。
さすがに今度は表情を隠せなかったらしく、スメラギは一瞬目を丸くしてから声を出して笑い、これ以上あなたをとっちめる気はないわよと言った。
「地上訓練のみだった貴方が、宇宙でいきなり同じ結果なんて出せる訳が無いのわかっているわよ。何の為の搭乗訓練だったか知ってる?」
「・・・・・・地上訓練でついた癖を明らかにするため」
「その通り」
シミュレーションの状況設定は地上戦闘のみでなく、無重力下における戦闘の設定もあった。ロックオンはそのどちらもステージ6までクリアしていたが、重力下での無重力空間なぞあるはずもなく、結局の所重力下での訓練に過ぎなかった訳だ。
「それなりに、やってきたつもりだったんだがなぁ」
思わず漏れた言葉は随分と情けない声だった。仕方がないとスメラギは笑う。今では生まれた頃から宇宙で過ごしている者も増えてきたとはいえ、もとより人間は重力下での生存を前提に進化してきたのだからどうあれ訓練しなければ無重力に慣れるなぞできないのだと。
「あいつもそうだったのか?」
「え?」
「ティエリアだよ」
あの完璧主義が宇宙に慣れずに右往左往している所でも想像しなければ立ち直れそうもない。我ながら随分とせせこましい考えだが、あれだけ言われれば気分転換にでも使わせてもらいたいものだ。だがスメラギの返事はその期待を裏切った。あの子はここにきたときから既に無重力下での動きを理解していたわ、と。
ブリーフィング・ルームを出てから自室として指定されている部屋に戻り、パイロットスーツを脱ぐ。食事をしなければならない。そんな気分ではないが、体を維持しておかなければこれからの訓練に体が持たない。パイロットの義務は体力を維持し、いつでも戦えるコンディションを整えておくことだと自分に言い聞かせながら重い足を運ぶ。失敗をしたわけでもないのにここまで落ち込むとは思っていなかった。通りすがりでもスタッフが元気出せなどと声を掛けてくるのだから、よほど顔に出ていたのだろう、食堂では調理スタッフからおまけをもらう始末でクールな狙撃手はどこへ行ったのだと笑いたくもなる。
プレート受け取り、ちょうど食事時を過ぎていたのもあって閑散としている喫食ベースへ向かう。どこでも座り放題だとあまり出入り口から離れていない席に陣取ってフォークを掴むが、どうにも先に進まない。もてあましながら白身魚のムニエル(サフランソース添え)をつついていると、ドアがスライドしてティエリアが顔を出した。
(・・・・・・最悪・・・・・・)
訓練でふがいない結果だったのは認めるが食事中は勘弁してもらいたい、できれば離れて座ってくれないものか、あぁなんで人がいねぇんだよ・・・と思考がめぐる間にティエリアはカウンターから飲料チューブを受け取って一口含み、納得した顔で何かをスタッフに告げている。ちゃんと食え!というスタッフの苦言を背中ではじき返し、そのまま退室するようだ。
「食わないのか?」
声を掛けるつもりはなかったのに、ロックオンはティエリアを呼んでしまった。くるりと身を返したティエリアは、こちらに視線を向けて搭乗後の食事はゼリーと決めていると答えた。必要な栄養素は満たしているから何も問題はないという。
カウンターからの何バカいってんだ!との抗議が再度掛かったが、全く気に留める様子もなくそれでは失礼、と今度こそ退室しようとする態度に拍子抜けした。てっきりまた何か言われるのかと構えていたせいだが、一度言うべきことを言ってしまえばそれ以降は言葉を重ねるということはしない人物のようだった。期待はずれのような複雑な心地を抱えて後姿を見送る。
あの細い身体はどうやら生まれつきだけの話ではなさそうだと足元から頭上まで視線を這わせた矢先、扉の前でティエリアが振り返った。疾しい事など何もしていないのに緊張する。
少し考える様子で首をかしげたティエリアだが、考えたのは一瞬らしく、ロックオンまっすぐに見つめて口を開いた。
「初めての宇宙空間での訓練にしては命中率が高かったのは驚きました」
・・・・・・だからそれを始めに言え。
と言いかけたがその前にドアは閉じられた。
あの紅い目に射抜かれた瞬間、心のうちに凝っていた澱のようなものが吹き飛ばされたような気がした。随分とすっきりした心地で、もう一度フォークをムニエルに突き刺す。今度は口に運ぶ為だ。
「まぁ、がんばりますか」
少年の夢「宇宙飛行士」が途絶えて長い時間が過ぎたものの、やはり宇宙は人類の憧れである。それまで仕事で(後ろめたい仕事ではあったが)ステーションに立ち入る事はあってもリニアに搭乗して宇宙に上がった事は無かったから、宇宙空間にやや浮かれ気味ではあった。そんな彼が慣れない宇宙空間における失敗例の一つである「移動用グリップを掴み損ね」て通路を流れて行く最中のこと。
十字路になる通路を通りがかった時、こちらに背を向けた状態でグリップを掴む人物が纏うパステルカラーのピンクが視界に入った。どちらかといえば宇宙ではヴィヴィットな着色が多いというイメージがあったから、あの色を纏うのはどのような人物かと考えてそのまま流れていったわけだが。
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後姿を見かけたのは一瞬、それも体勢を崩した状態での目撃であったから、一番印象深かったあのピンクでイメージしてしまっていたのは仕方がないかもしれない。唯このティエリア・アーデを名乗る人物は、ピンクという言葉から想像されるイメージとは随分とかけ離れていた。
光の加減によっては黒に見える濃紫の髪、あり得ない程に透き通る白い肌、印象的な紅い瞳。そしてそれらを損ねる事無く寧ろ際立たせる美貌。こんなに綺麗な人間を生まれて初めて見たが、開いた桜色の形良い唇から溢れた言葉は幻想に取りこまれかけた自分を一撃し正気に返らせたのだった。すなわち、
バカな事をすれば後ろからでも撃つ(要約)
とのこと。
呆気に取られてしまった為に言い返すのを失念したが、狙撃手の後ろを簡単に取らせるとでも思っているのか。身の程を知ると良い。
そういう訳で、ロックオン・ストラトスは搭乗訓練を始めるにあたり、それまでのやや浮かれ気分を払拭し、いつもよりもさらに気合いを込めてコクピットに乗り込んだのだった。
シミュレーションはマイスター候補であった頃からこなしてきている。結果選ばれてからは時間数も増え、宇宙に上がる前までに250時間は超えていた。
「空間認識に関しては多少不得手のようですね」
訓練終了後のブリーフィングルーム、データを見ながらティエリア・アーデは何の感慨も無い様子でロックオンに告げた。静止状態における命中率に関してはパーフェクトと言って良い(狙撃手を名乗っておきながらパーフェクト以外は許せなかった)が、機動性・機体制御に関連しての射撃成功率・命中率が予想を下回った結果に舌打ちしたい気持ちを抑える。
射撃、特に狙撃ともなれば身を隠して姿勢を固定するのが基本だ。重力下においては可能であったそれが、無重力空間においては大きく影響を受けていた。あるはずのものがない、という状況に体の感覚が追いついていない。
ロックオンが担当する機体は後方支援・狙撃タイプのデュナメスだ。どのような状況下でも安定した結果を叩き出さねば選ばれた理由も失ってしまう。ここに来た決意さえも。
「宇宙空間に姿勢を安定できる場所など滅多にありませんよ」
分かりきっている事を殊更に言われると腹が立つものだ。何とか表情に出さずにすんだが、まだまだ俺も若いなと苦々しく思う。
次回の課題としてヴェーダに提出しておきますと告げてティエリアは席を立った。同じく席を立って・・・・・・などという気分には到底なれなかったから、座ったままで見送る。ほっそりとした身体に纏うパイロットスーツの色は、これまた紫。髪に合わせているんだなぁとか考えているとドアが閉じられた。
「早速洗礼を受けたって感じね」
うっかり忘れていたが、ブリーフィングルームにはもう一人女性がいた。
スメラギ・李・ノリエガ。
決起後には戦術予報士としての彼女の指示を仰ぎつつ作戦を実行して行くと説明を受けている。ロックオンよりもいくつか年長の彼女は今のやり取りを見物していただけで特に意見を発する事は無かったが、これから彼女の番かと気が重くなった。
さすがに今度は表情を隠せなかったらしく、スメラギは一瞬目を丸くしてから声を出して笑い、これ以上あなたをとっちめる気はないわよと言った。
「地上訓練のみだった貴方が、宇宙でいきなり同じ結果なんて出せる訳が無いのわかっているわよ。何の為の搭乗訓練だったか知ってる?」
「・・・・・・地上訓練でついた癖を明らかにするため」
「その通り」
シミュレーションの状況設定は地上戦闘のみでなく、無重力下における戦闘の設定もあった。ロックオンはそのどちらもステージ6までクリアしていたが、重力下での無重力空間なぞあるはずもなく、結局の所重力下での訓練に過ぎなかった訳だ。
「それなりに、やってきたつもりだったんだがなぁ」
思わず漏れた言葉は随分と情けない声だった。仕方がないとスメラギは笑う。今では生まれた頃から宇宙で過ごしている者も増えてきたとはいえ、もとより人間は重力下での生存を前提に進化してきたのだからどうあれ訓練しなければ無重力に慣れるなぞできないのだと。
「あいつもそうだったのか?」
「え?」
「ティエリアだよ」
あの完璧主義が宇宙に慣れずに右往左往している所でも想像しなければ立ち直れそうもない。我ながら随分とせせこましい考えだが、あれだけ言われれば気分転換にでも使わせてもらいたいものだ。だがスメラギの返事はその期待を裏切った。あの子はここにきたときから既に無重力下での動きを理解していたわ、と。
ブリーフィング・ルームを出てから自室として指定されている部屋に戻り、パイロットスーツを脱ぐ。食事をしなければならない。そんな気分ではないが、体を維持しておかなければこれからの訓練に体が持たない。パイロットの義務は体力を維持し、いつでも戦えるコンディションを整えておくことだと自分に言い聞かせながら重い足を運ぶ。失敗をしたわけでもないのにここまで落ち込むとは思っていなかった。通りすがりでもスタッフが元気出せなどと声を掛けてくるのだから、よほど顔に出ていたのだろう、食堂では調理スタッフからおまけをもらう始末でクールな狙撃手はどこへ行ったのだと笑いたくもなる。
プレート受け取り、ちょうど食事時を過ぎていたのもあって閑散としている喫食ベースへ向かう。どこでも座り放題だとあまり出入り口から離れていない席に陣取ってフォークを掴むが、どうにも先に進まない。もてあましながら白身魚のムニエル(サフランソース添え)をつついていると、ドアがスライドしてティエリアが顔を出した。
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