世界はがらんどう球で、俺は空にさわってしまったんだから

For the World Is Hollow and I Have Touched the Sky

暗いです。ご注意下さい。23話あたりで短い話です。
二期が始まる前に……！！！
散文で読みにくいかもしれません。

タイトルは「スタートレック」から。

　　
　家族を失ってから、男は長い間空洞を抱えて生きてきた。表面はやさしく滑らかで、触れる人々全てに傷を負わせないように。なのに中身はがらんどう球なのだった。叩けば分かったのかもしれない。だが、誰も男にそうはしなかった。滑らかな表面を叩きつける人間なぞいない。子供の頃は、空洞を埋めるには何かを詰め込んでいけばいいとがむしゃらに何でもやった。事情を知る大人たちは腫れ物を触るかのように接し、よほどの羽目をはずさない限りは大目に見ようとしていた。がむしゃらにできたのはほんの数年で、やればやるだけ簡単には満たされないのだと思い知らされた。無理をすることはないのだと悟り、長じてからはある意味諦めもあっただろう。うまくなったのは取り繕う術であり、そういうわけで、男は長い間己の空洞を誰にも悟らせずに生きていくことができた。
　生きて行く術として身につけた技術を買われてある組織に参加した時も、男は上手く己を繕う事が出来た。気のいい兄貴分として、年下の同士を構うのはそれなりに楽しかったし、手強い相手数名いたものの概ね人間関係としては良好であったと思う。
　
　一回だけ、掴みかかった事がある。己の過去を彷彿とさせる事柄が発生して、衝動を抑えきれなかった。年下の子どもに掴みかかるなぞ、大人げないにもほどがあると冷静に考えられたのは随分後の事で、その時には機会を逃してしまい結局詫びを入れることもできないままだった。自分の情の強さを思い知ったのはその時だ。掴みかかったあの子どもは、よく分かっていなかったのだろう。付き合いは２年以上になるのだが、そこまで突っ込んで話すこともなかった。なれ合いなど不要だと言わんばかりの態度では、こちらも手の打ちようがなかったためにどこか遠巻きにしていたといえる。子どもは変わった。変わらざるを得ない状況になった。信じて疑わなかった拠り所から急に放り出され、動揺し竦んでいるのが良くわかった。過去の己を思い出したのだろうか、お前には一番暖かいものをあげよう。男はそう考えた。それは触れたり確かめたりすることだけではなくて、気遣いであったり思いやりであったり、喜びだったり労りであったりする。愛と呼んだっていい。あの子には暖かいものだけをあげたい。ただ、男の中は空っぽで、差し出せるものがない。そのかわりに守ってやりたい。そう思って身を投げ出す事も厭わなかった。

　男は、どうしようもなく自分が愚かであると分かっていた。目の前に倒すべき相手が現れたとき、衝動を抑える事が出来ないことも十分に承知していた。衝動は、感情としてほどばしりとどめようがなかった。制止する声を振り切って先に進む。その先にどうしても戦わなければならない相手がいるからだ。戦うのは自分でなければならなかった。そうでもないと、この感情は行き場を失ってしまう。恐れのようなものさえ感じた。情が強い自分は、箍が外れれば抑える事などできない。上手く押し殺してきたがはっきりと目の前に示されれば堪えきれなかった。
　長い間、自分の中に空洞があるのだと思っていた。そう思って生きて来て、あの子どもを見た時に、己が空洞の中にいたのだと気付かされた。閉じた世界と言って良いのだろうか。過去の想いで囲まれた世界。拠り所だけを信じて世界を閉じていたあの子どもと、己は大して違わない。だが、己の胸のうちにはしっかりと多くのものが詰まっていた。様々な感情というものが。思い出の中で生きている家族に対して抱いていた愛情。そしてそれらを奪った力に対する憎しみ。倒すべき相手をみつけて堪えきれず突き進んで行った衝動は己の内にあったものだ。あの船の中で、仲間達に感じていた感情。あの子にあげたいと思った暖かい感情も、全部己の内にあったものだ。
　
　一歩先に行ったあの子に続いて、己も外へ。腕を伸ばした先にまた丸い世界が見えた。ちょうど男の手で掴めるくらいの大きさ。
　光が押し寄せてくる。痛みを感じたのだろうと思うが、感覚はすぐに失われた。一斉の光の中なのに、何故か闇に落ちていく。飲み込まれる前に男は口を開いたが、声が発せられることはなかった。空が割れて砕けた。